心の病を、鬱や拒食症というひな形を利用して輸出する。こういった発想は私にはありませんでした。
クレイジーライクアメリカとの出会い
以前、マイク・ミルズのうつの話を鑑賞しに行った映画館アップリンクで見つけた本です。2013年のことでした。
拒食症、摂食障害、香港のケース
クレイジーライクアメリカの書き出しには、香港での拒食症、摂食障害の広がりが、精神科医の視点から詳細に紹介されています。
元々、香港でこの病理は殆ど知られていませんでした。ですが、1994年に若い女性が起こした交通事故をきっかけとして、香港中に摂食障害という概念が知れわたる事になります。そして時代の病理の発露として、この摂食障害が爆発的に広がったのではないだろうかと、精神科医は語っています。
事件が起こる前と起った後では、明らかにクライアントの主訴(患者の訴えの中で最も主要な病症)が違うと言うのです。
摂食障害に限らず、新しい精神疾患が紹介されると発症率が増加する。単に問題の疾患が以前は見過ごされていたか、実際より少なく申告されていたかであろう、というのが今までの一般的な論争でした。確かにそういった側面もないとは言えませんが、時代の病理の発露としての可能性について論じられる事はこれまで殆どありませんでした。
国際的に標準化された診断基準には「DSM」という精神疾患の診断・統計マニュアルがあります。現行はV(5)です。このDSMの判断基準によって拒食症が「こういうものだ」という概念が精神科医や患者に広がり、そして一般にも広がっていく。
患者は時代の医療診断に一致する症状を無意識に作りだそうとしている
心の苦しみを認めて貰おうとする、正当化しようとする潜在意識が、目的を達成できる症状へと引き寄せられていくのではないか。こう言うのです。
この頃の香港は、イギリスから中国へ統治が移ろうとする前夜であり、1989年には天安門事件が起こったような混沌とした時代でありました。香港が中国に統治される前に逃げ出す人間も後を絶たず「この先、いったいどうなるのだろう」という不安定な時代背景があったのです。
鬱
鬱に関してもこの本では取り上げています。
カナダのモントリオールにあるマギル大学ローレンス・カーマイヤー博士の話です。カーマイヤー博士は2000年の秋に「抑鬱と不安に関する国際的合意グループ」という団体から全額主催者負担で、ある会議に招待を受けました。航空チケットは10,000ドルもするファーストクラスです。
プライベートな会議の為、大学院生の出席はご遠慮願いたいとの注釈付きでありました。後援は、本社をイギリスに置くGSK(グラクソ・スミスクライン)社。しかしその営業活動の多くをアメリカで行っています。
そのGSK社は数ヵ月後に抗鬱剤パキシルの日本出荷を控えていました。
日本での抗鬱剤の販売展開
当時、アメリカにおいてSSRI(選択的セロトニン再取り込み防止剤)として知られる抗鬱剤の販売では、イーライリリー社がブロザック(一般名フルオキセチン)によってトップに立っていました。ですがイーライリリー社は検証の結果、日本で販売展開しないという決定をします。
薬は売れないだろう。日本人の悲しみや、抑鬱感に対する考え方は、欧米人とは根本的に違うものがあり鬱という病気そのものを受け容れたがらないだろう。そういう見解だったからです。
日本では、明治製菓(ファルマ)が、ベルギーのソルベイ社からライセンス提供されているルボックス(一般名フルボキサミン)の治験を既に10年前から行っていました。
GSK社はライバル会社のブロザックがアメリカ市場を独占した経緯から、いち早くシェアを確立する事が有利だと知っており、明治製菓のルボックスが日本に浸透する前にそれを阻止したかったという訳です。前出の2000年秋の会議はその為の対策でした。
このように日本で抗鬱剤が広がっていく様が描かれています。
抗鬱剤の危険性
製薬会社が行ったメガマーケティングキャンペーン。被験者募集に見せかけた何度にもわたる新聞の全面広告。心の風邪というキャッチフレーズ。聞いたことありますよね。クイズ形式に見せかけて鬱の啓蒙活動をしているUTU-NETのバッグには製薬会社がいます。
数え上げればキリがないほど、私達の周りには見えない網が張り巡らされています。
又、セロトニンと鬱の関係性否定や、初期段階の投薬で自らの人生を絶ってしまう可能性が高まるなど、今まで知っていると思っていた常識と真逆の説が紹介されています。
この本に書いてある全ての内容が正しいとは決して言いません。ですが、情報の1つとして頭の中に入れておく事は自らを守る糧になります。
ちなみに皇太子妃雅子さまの主治医は、マイヤー博士が出席した2000年の会議に招かれていた大野裕氏であると、このクレイジーライクアメリカでは触れられています。